「Hula(フラ)」とは、ハワイ語で「踊り」。ハワイの民族舞踊です。

「Hula(フラ)」とは、ハワイ語で「踊り」。
ハワイの民族舞踊です。

何世紀にもわたる長い歴史のなかで、フラは時代とともに変化・
発展を続けました。
特にハワイ社会が西洋化された時代に大きく変化したといってもいいでしょう。しかし、変化をとげても、フラの本質が変わることはありませんでした。フラには、まずそれを踊る歌詞があり、それにつくリズム、音楽があります。
フラの動きは、その歌の内容や意味を表現したものであり、また、ダンサーは、その歌の内容に合う衣装、装飾品をつけて踊ります。歌の内容を人々に伝えるのがフラ・ダンサーにとっての大事な
役目なのです。

フラ・カヒコ(古典フラ)

フラ・カヒコ

フラのはじまりは、無人島だったハワイにタヒチなどから人々が移住して、フラの直接の原点である踊りがもたらされたと言われています。 しかし、フラの起源や発祥地については、他にもいろいろな説や言い伝えもあり、いつからフラが踊られたのか、どこから来たのかは定かではありません。
古代ハワイアンは文字を持たず、オリ(祈り)、神話や物語、神々や首長を称える賛歌、自然の美しさや愛についての描写、事実を綴った歴史や家系図など、全てを口承で伝えてきました。そして、それらはパフやイプヘケなどの伝統打楽器のリズムに合わせ、チャント(詠唱)され、そのチャントの内容が踊りで表現されました。
これが、フラ・カヒコ(日本では古典フラ)と呼ばれるものです。
(カヒコ・・・ハワイ語で「古代」という意味)

フラ・アウアナ(現代フラ)

フラ・アウアナ

フラは迫害された歴史を持ちます。1778年、ジェームス・クックによりハワイは初めて西洋社会にその存在を知られます。その後、数多くの船が来訪。そして、ハワイは急速に王国のあり方さえも変わってゆき、ハワイ人も固有の文化も暗黒時代を迎えます。1830年、カアフマヌ女王により、フラの禁止令が出されます。それを反故にしたのが「フラはハワイ人の心の叫び。心臓の鼓動そのものである」という言葉を残したデイビッド・カラカウア王です。カラカウア王は西洋文化の良い面も取り入れましたが、ハワイの伝統も守り抜いた王です。そして、この頃、西洋の楽器や音楽も多数持ち込まれ、ポルトガル移民によりもたらされたブラギンハという楽器からウクレレも誕生しました。そして今のハワイアン・ミュージックが生まれ、これらの音楽にのせて踊る新しいフラが生まれました。これがフラ・アウアナ(日本では現代フラ)と呼ばれるものです。
(アウアナ・・・ハワイ語で「漂う」という意味)
カヒコもアウアナも、歌の内容を身振り、手振り、表情などで踊ることは共通していて、フラ・ダンサーの使命は、歌われた物語を人々に伝えることに変わりはないのです。

フラの衣装

曲のイメージによって、パウスカートだったり、ムームーのようにドレッシーなものであったり、フラには華やかな衣装が多いですが、歌の内容を伝えるのに、身に着ける衣装や装飾品も大事なポイントになります。

時代
昔の酋長の歌ならば、チューブトップにパウスカート、王族の歌ならば、襟付きブラウスや王朝ふうのものというように、時代遅れや時代先走りにならないようにします。

イメージ
海なら青、山なら緑、情熱的な恋愛なら赤、などのように歌のイメージを色に託す場合もあります。


ハワイにはそれぞれの島でシンボルとなる色や花があります。たとえば、島に関わりがある歌の場合などは、衣装の色やレイなどに、その島の色や花を取り入れます。

オアフ島・・・黄色

イリマ(Ilima)・・・高さ1mほどの低木で、オレンジ色っぽい黄色の花

カウアイ島・・・紫

モキハナ(Mokihana)・・・最初は暗緑で、しだいに紫色に変わるミカン科の小さい実

ニイハウ島・・・白

プープー(pupu)・・・プープーは貝の総称。ただし、これはニイハウ・シェル

マウイ島・・・ピンク

ロケラニ(Lokelani)・・・小さな八重咲きバラ

モロカイ島・・・緑

ククイ(Kukui)・・・山岳地帯の谷に茂る木で、ハワイ州木でもある

カホオラヴェ島・・・グレー

ヒナヒナ(Hinahina)・・・銀灰色の葉に小さい花をつける

ラナイ島・・・オレンジ

カウナオア(Kaunaoa)・・・オレンジ色の茎に寄生つる植物

ハワイ島・・・赤

オヒア・レフア(Ohia Lehua)・・・溶岩大地にまず根を生やし、真っ赤な花をつけ、ペレとヒイアカを象徴

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